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応神天皇と3人の子①

第15代の応神天皇は多くの妃をもっていた
そして、その妃たちとの間に男女27人もの子をもうけた

その中でも特に応神天皇が信頼を置き
目をかけていたのが
年の順に
大山守命(オオヤマモリノミコト)、大雀命(オオサザキノミコト)、宇遅能和紀郎子(ウジノワキイラツコ)
の3人であった

天皇はある日は、大山守命と、大雀命を呼び出し
こう問いかけた
「お前たちは、年上の子と年下の子では、どちらがかわいいか?」と
応神天皇は一番年若い宇遅能和紀郎子を次期後継者と考えていたからだ

大山守命は「年上の子のほうがかわいい」と言った
大雀命は、父の真意を察し「年下の子のほうがかわいい」と答えた

大雀命の言葉に満足して
応神天皇は宇遅能和紀郎子を次期天皇に任命し
大雀命を自分の政治の責任者に任命した

大山守命には海や山の民を統括する閑職を与えた

応神天皇は慈愛の深い人柄だった
それを象徴するかのようなエピソードがある

日向に美しい髪長比売(カミナガヒメ)がいると聞いた応神天皇は
ぜひ妃に迎えたいと
大雀命に難波まで迎えに行かせた

しかし、髪長比売を見た大雀命は一目惚れしてしまった

ここで古事記では定番の
一人の女性を奪い合う骨肉の争いに発展しそうだが
応神天皇は快く大雀命に髪長比売を譲ってしまったのである

応神天皇のこのおおらかな性格のおかげか
応神天皇の御代は大きな戦乱もなく
平穏な時代が続いていた

この時代は朝鮮半島から多くの渡来人が訪れて
日本に定住していく

新羅から来た人々は
建内宿禰(タケシウチノスクネ)に率いられて灌漑用の百済池(現在の奈良県広陵町)
をつくった

また国内の文化の向上を図るため
百済に人材を集めたが
百済王は文人の和邇吉師(ワニキシ)を献上
さらに鍛冶の技術者なども送ってくれた

当時の先進地だった朝鮮半島の最新技術が
日本国内に伝えられ国力の発展に大きく貢献した

秦氏や漢氏といった
のちに朝廷を支えることになる豪族の祖先たちも
このころに日本にやってきたとみられているが

日本の発展のために訪れたというよりは
朝鮮内の戦乱が激化したために亡命してきたものたちとみられている

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