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お墓について家族で話し合う

高齢になると心配になるお墓問題

自分の親が高齢になった時や、親の死に直面した時など

家族でお墓のあり方を考える機会がある

 

その一方、お墓問題は

若干、非日常的な雰囲気もあり

なにかしら自分に降り掛かってくるものがないと

日頃から考えている問題でもないので

いざ、お墓について考える機会に直面した場合

お互いの考え方の相違が露見することも多い

 

なんとなく、こうではないか…?と予測だけで曖昧にしておくと

実際に、話し合う場面になって揉めることも多いようだ

 

昔は、先祖代々お墓を継承し

その家の長男が、継いでいく…というルールがあったので

その家の長男は、小さいころからお墓を守ることを言葉として聞いていているので

ある程度の覚悟もできていたかもしれない

 

しかし、現代は、そのルールが

家族の形態や環境によっても、様々で

子どもが少ないことや

女性しかいない場合

子どもが遠方にいることで、優先順位が変わるなど

一概に、長男が継ぐ…ということだけで片付けられなくなっている

 

そして、問題に直面してから

憶測を持ち寄り、話し合うので

スムーズに進まない場合も多く

覚悟のないまま、お墓を守る役目を負ったり

親の立場だと、「アテ」にしていた子どもがお墓を守れない事実を知り

愕然とする場合もある

 

そんな、揉め事を避けるために

個人墓や、夫婦墓など

継承問題を考えなくてもよい方法を選択する人も増えてきた

 

現代社会は、ライフスタイルの変化に伴い

様々な、生活上での選択を迫られる機会が増えてきた

 

しかし、日常的なことであれば

対応もスムーズなのだが

 

お墓問題のように、頻繁に気にする機会が少ないのに

事柄は大きい場合には

考え方の違いが多きく露見してしまうようだ

 

何が正しく、何が間違っているのかも

ジェネレーションギャップという言葉で片付けられれば良いのだが

問題は、そんなに簡単でもなく

結婚している場合などは

双方の親、そして夫婦間の考え方も埋めていかなければならない

 

準備のない死の場合は

その決断する時間は、あまりにも短く

溜飲が下りないうちに決定が下されることも少なくない

 

そのようなことを避けるためにも

日頃からお墓についての考え方をすりあわせておく必要がある

 

死の問題を日常から言葉に出すことに

タブー感のある雰囲気もあるが

日頃から死を見つめることは、すなわち

「生きる」ことを見つめることになるのだ

 

誰も、平等に訪れる「死」

 

だからこそ、確認しておきたい事柄である

 

死を語る時…それは、家族の絆や愛情を感じる作業でもあるのである

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