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先祖となるものの想い

どんなに古い家系であっても

もとを辿れば、そのほとんどが当時の分家であり

誰かが新しく、その家の「御先祖様」になる家ばかりである

 

代々続いている家であっても

これこそが本物の本家だ!と断定できるのは

どこを探してもないのが普通である

 

しかし例外もあって

まれではあるが、神の杜に奉仕する家の中で

日本の歴史の始まりと思われる神武天皇以前から

代々、血統を正等に伝える家があると聞く

 

人と同じように家にも「天寿」があると言われていて

古き家が逝き、新しい家が残るのは

自然の慣わしなのかもしれないとも思われる

 

日本の歴史を見てみても

戦国時代のように

古い豪族が衰えやすい時代もあった

 

家の天寿を少しでも伸ばそうとする努力は

現代よりも、昔の方が心を配っていたことは間違いない

 

それでも親子、家族で心を合わせ

本家が弱くならないように無理をせず

そして、分家も健やかに栄えていくように考えた

だから、十分な計画が立たないうちに、それを実行に移すようなことはなかったのである

 

昔は、同じ村に分家ではない新しい一家を同族家系から出すことは

稀なことであった

驚くほど遠くに一家を創立するのは

本家への影響を考慮してのことだろう

 

昔の人々にとって「耕地」は、最も安全な財産であった

農業以外に生計を立てられるものがない地方が多かったからである

 

自分で原野を田畠に開拓した開発地主は

あまり働かなくても生活ができたが

年貢を納める作人でも

労を厭わなければ、生活には困らず

安全に子孫を育てていくこともできたのである

だからこそ「土地さえ残せば」という考えが浸透してきたのである

 

しかし「土地さえ残せば」という親の愛は大きく

本家の土地を分け与え続けると

本家が弱ってしまうので

次男以降には、自分で土地を開拓し

自分で増やした土地ならば、分け与えても問題ないだろと

年老いても、子どもに与える土地の工面に労を費やした人も多かった

 

そのような苦労から

全く別な業種に手を出す人がいたのにも

このような動機があったことは否めないだろう

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