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第十六回 「覚鑁その二」・・(平成19年6月1日)

 覚鑁の代表的な著作に『一期大要秘密集』『五輪九字明秘密釈』があります。このふたつの著作を見ながら、覚鑁が、日本の葬墓に与えた影響を見ていくことにしましょう。

 「一期大要」とは「人の一生で一番大切なこと」という意味です。本著の冒頭で覚鑁は「人生で一番大切なことは最後の心の持ちようにある」と述べています。『一期大要秘密集』の原文は漢文ですが、その冒頭部分の現代語訳を以下に掲載します。

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よく考えると人の一生で一番大切なことは、最後の心の持ち方にある。九種類の人間の往生は、臨終の正しい念仏にかかっている。成仏を求める者は、当にこのことを習得するべきである。出家した者の生死はこの瞬間で決まる。そこで今、密教の教えからそのエッセンスを集めた。九種類の心の用い方として、極悪の罪業を払い、極楽往生の九種類の蓮華台に乗ることを願う。もし最後の臨終の手順が正しいものなら、破戒の僧尼も必ず往生できる。悪いことをした男女も必ず極楽に生まれる。まして智恵があり戒めを守った者なら言うに及ばない。善男善女ならなおさらだ。これがすなわち真言の秘密の観法の効力である。深く信じてつまらぬ疑いを持つことがないように。
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 そして最終章「九、没後追修の用心門」では、「地獄に堕ちる人は十五種の状態になる。餓鬼道に堕ちる人は八種の状態になり、畜生道に堕ちる人は五種の状態になる。」と経文を引用しつつ詳細に説明し、具体的な方法や真言による供養法について記し、急いで死者を苦しみから救え、と説いています。

 ここに、鎌倉時代以降盛んになる「追善供養」(四十九日や年回忌などの法要)の原型を見ることができます。

 次に『五輪九字明秘密釈』について見ていくことにしましょう。
  タイトルの「五輪」とは「地水火風空」の「五大」で「ア・ヴァ・ラ・カ・キャ」の大日如来の真言のことです。そして「九字」は阿弥陀仏の「小呪」といって「オン・ア・ミリ・タ・テイ・セイ・カ・ラ・ウーン」の九文字の真言を指します。
  「明」とは「真言」「呪」「陀羅尼」の意味、「秘密」は「密教」、「釈」は言うまでもなく「解釈」なので、「大日と阿弥陀の真言の密教的解釈」という意味になります。そして大日如来は真言宗の、阿弥陀仏は浄土宗の、それぞれの御本尊ですから、おのずと本書の意図が明確になりますね。

 真言宗とは「即身成仏」の言葉に代表されるように、今生きている現世に主眼を置いた宗派です。恐らくは空海自身が非常に現実主義的な考えの持ち主だったせいもあるのでしょう、真言宗ではあまり未来のことが語られておりませんでした。
  ですが、真言宗も仏教の一宗派であり、仏教は来世以降(未来)における成仏を求める宗教である以上は、浄土思想と全く無縁ではあり得ません。覚鑁より先の「高野聖」達の間では、すでに「真言念仏」はおこなわれていました。これを、覚鑁が一連の著述にまとめ、理論的にまとめ上げたことで、真言宗の表舞台に現れ、真言宗の教義に新たな展開が開けたと言えるのです。
  では、そのことの歴史的意義とはなにか?といえば、後の日本のお墓の意味・考え方・建墓や供養の方法といった日本の葬墓に関わる文化が五輪塔を通じて全国に広まっていくことになるのですが、覚鑁の『五輪九字明秘密釈』は、その基本概念となっていることにあります。

 結論から言えば、五輪塔のお墓には「死後は成仏し往生できる」という意味が込められています。これは、真言宗の「即身成仏」の思想と、浄土教の「極楽往生」の思想が融合することで、はじめて明確に理論づけが可能になったのです。
  五輪塔は「成仏と往生」というコンセプトを明確に打ち出したお墓ということができます。そしてこのことがその後の日本人のお墓の標準的な意味となったのです。

 次回は、『五輪九字明秘密釈』を読み解きながら、五輪塔についてもう少し詳しく述べてみたいと思います。

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